一人夕飯を店で済ませ、バンユウはのんびりと帰路についていた。
今宵はハロウィン、町はまだ親子連れやカップル、若者たちのグループで賑わっている。
洋菓子屋の前で、ショーウィンドウに並ぶカボチャの形のケーキを眺めた子供たちが、親に買ってほしいとねだっていた。
そんな光景を穏やかに眺めつつ、バンユウは視線をふり仰いだ。
街中ではあまり星は見えない。昇りつつある月を眺め、バンユウは思いを馳せた。
バンユウは幼い頃に両親を亡くし、頼れる親戚もおらず、施設で育てられた。
両親の葬式の席で、誰が自分を引き取るか親戚の大人たちが揉めていたのを、バンユウは今でも覚えていた。
当時まだ彼は幼く、周りの大人たちも何を聞いても分からないと思っていたのだろう。
事実、バンユウは大人の事情や都合など分かってもいなかったし、見知らぬ家族の中に後から入り込むぐらいなら、最初からお互いが見知らぬ者たちの中におさまったほうがいくらかマシと思っていた。
程なくして施設に送られると分かった時、バンユウは心底ほっとしていた。
施設での生活は可もなく不可もなく、しばらくは一人で過ごす日々が続いた。
そんな中、バンユウよりいくらか年下の少年が施設に送られてきた。それがラシーンだった。
ラシーンは明るく人懐こい少年で、誰からも好かれていた。
バンユウは、両親を亡くしてから友を作る気にもなれず、誰とも話す気力も沸かずに、ただ日々を送っているだけであった。
だが、ラシーンはバンユウにも勿論気さくに声をかけ、仲良くしようとしてくれた。
彼はいつも皆の輪の中心にいた。明るく眩しい存在だ。
施設には定期的に、里親として子供を引き取りにやってくる大人たちがいた。
見た目が良く、性格のいい子や頭のいい子は優先的に引き取られていった。
ラシーンもそれに漏れず、多くの大人たちから引き取りの申し出があったようだ。
だがラシーンは、そのたびに「バンユウと一緒じゃないと嫌だ」と言い拒否していた。
お世辞にもバンユウは人懐こいとはいえず、特に秀でたものもなかったので、引き取りたいという申し出もなく、本人も恐らくこのまま施設で大きくなり学校へ通って、そのまま就職と共に施設を巣立つことになるだろうと考えていたようだ。
だがある日、そんなバンユウを引き取りたいと申し出るものが現れた。
それが、のちにラシーンとバンユウを引き取ることになる、彼らの「先生」であった。
その里親は学校の教師で、独り身であり、なぜバンユウたちを引き取ろうとしたのかは語ってはくれなかったが、厳しくも優しくバンユウとラシーンを育ててくれた。
まさに二人は本当の兄弟のように育ち、同じ学校に通い、里親と同じく教師となった。
ラシーン、バンユウ共に今は独り立ちしており、それぞれ一人暮らしをしている。
里親とは時々連絡を取り合う程度で、ここのところは忙しく、会うのは年末年始や盆休み程度になっていた。
バンユウ自身、父母両方がいないことを寂しいと思ったことはない。
彼にとって先生とラシーンの二人が家族であったし、喜びも悲しみも分かち合える存在だ。
たまに喧嘩もするが、疎ましいと思ったことはない。自分を育ててくれた親に感謝していて、いつか恩返しをしたいと思っていた。
「――これ以上何を望むというんだ…。贅沢な話だな」
バンユウは、もうすでに顔も覚えてない本当の両親の笑顔が、靄のように頭の中によぎるのを振り払う。
もし両親が生きていたら、自分も先ほど見かけた街中のあの子らのように、ハロウィンの仮装をして、町を練り歩いたりお菓子をもらったりすることがあったのだろうか。
「……馬鹿馬鹿しい」
自販機で売られる煙草を横目で見、バンユウは手を出しかける。
が、すぐにその場を離れた。
「……。たまにはケーキも悪くはないか」
先ほどの洋菓子屋に並んだ小さなカボチャケーキを思い出す。ついでにコンビニで酒でも買っていこうかと、彼はもう一度商店街のほうに踵を返した。
すると、前からゆっくりと車のライトが近づいてきて、クラクションを鳴らされた。
バンユウは道の端に移動する。車はバンユウの横を通り過ぎ、すぐ脇に停まった。
「お一人ですか? バンユウ先生」
車の窓が開き、顔を出したのは、学園の保健体育の教師アロンであった。
著者:狩生