「――ラシーン、オマエ、幼い頃にハロウィンを経験できなかったオレを哀れだと思って、こんなサプライズを企んだのか」
部屋の中は未だに騒がしい。ベランダに出ると涼しい風が頬を打つ。10月も終わり、そろそろ晩秋の気配がやってきている。
「アナタを哀れだなんて思ったことはないよ。ボクはただ、アナタが皆と一緒に、楽しく笑ってハロウィンを過ごしてくれたらそれでいいのさ」
「大きなお世話だな」
「アナタが、一人が好きなのは知ってるよ。でもさ、たまに寂しそうな目をするのは何故? ボクの知らない、遠いところを見てるのは何でだろうって思ってさ」
ラシーンはベランダの柵に肘をつき、月を眺めた。
「ボクらの先生も気にしていたよ。バンユウの寂しさを埋めることができなかったのかって」
「べ、べつに、そんなことはないが…」
「そうなの? それ先生に言ってあげてよ。絶対に喜ぶから」
「……」
「なに?」
「それは、甘えだ……」
「?」
「オレは、先生に引き取られ、十分に育ててもらった。とても感謝してる。だから…寂しいなんて思うのは甘えだ」
それを聞くとラシーンは、驚いたように目を丸くし、だがすぐに、ぷっと吹き出した。
「何がおかしい」
「いや、ごめん。やっぱりアナタは真面目だなって思っただけさ」
ラシーンは穏やかに笑みを浮かべて、軽くうなずいた。
「で、どう? お菓子貰えてうれしかったろ?」
ラシーンがバンユウの肩に腕を乗せ、いたずらっぽい笑みで見やる。
「馬鹿馬鹿しい…。ハロウィンの菓子は、大人が幼い子供にやるものだろう」
逆じゃないかとバンユウは肩をすくめ、ラシーンの腕を払う。
「ボクらの先生は厳しかったからね。ハロウィンなんてやってる暇があれば勉強しろってうるさかったし」
「当然のことだろう」
「でもさ、たまにはこうやってみんなで騒いで楽しんで、ご飯食べたりお酒飲むのも悪くないと思わない?」注いで
ラシーンはグラスを二つ持ってくる。そしてワインを注いでもらい、一つをバンユウに差し出した。
「やりたかったことは、いくつになったってやり直すことはできる。――ボクもいずれ、アナタと一緒にまた旅行にでも行きたいしね」
ラシーンのグラスが月の光を反射して、鈍く光った。
「オマエ、まだ大陸横断あきらめてなかったのか…。あれは時間のある学生時代じゃないと到底無理な話だぞ」
「学生のころはお金がなかったからいったん断念したけど、ボクはまだ諦めてないからね。アナタかボクが結婚するまでに成し遂げておかないといけないから、早く計画を立てないと。ボクたちもいい歳だしね」
「オマエはいつでも結婚できそうだもんな」
相手には困らないだろとバンユウは口の端で笑う。
「ボクのことよりも、アナタとの約束のほうが大事なんだけど…」
「? 何だって?」
「何でもない。それより、アナタも早く仮装しておいで。パーシルが今か今かと待ってるよ」
熱い視線を感じ、バンユウはゆっくりと部屋の中を振り返る。
ベランダの窓越しには、メイク用のコンパクトとブラシを持ったパーシルが、はちきれんばかりの笑顔でバンユウに手招きしていた。
「いや、だからオレは…」
「バンユウ先生は狼男ね! 任せておいて、ばっちりメイクしてあげるから!」
がらりとベランダの窓を開け、見た目の細い腕に反して力の強いパーシルが、バンユウの腕をつかんで連れていく。
ラシーンはそれを笑顔で見送って、ワイングラスに口をつけ、窓から見える月に思いを馳せた。
「先生…。今度会えるのは年末かな。今度はバンユウと二人そろって、帰省しますね」
ハロウィンが終われば、すぐにクリスマス、そして年末がやってくる。吹く風も冷たい木枯らしに変わり、夜も短くなっていくだろう。
(色々ありましたけど、ボクらは楽しくやってます。こんな暮らしが、ずっと続くといいな)
今夜は寝れそうにないかな。そんなことを思いながら、ラシーンはだが嬉しそうに目を細めながら、皆の姿を眺める。
「ラシーン先生も一緒に写真撮りましょう」
やがてフラメが呼びに来た。ラシーンは頷き、部屋の中に戻る。
そこには、しっかりパーシルに狼男のメイクをされ、犬耳と全身毛皮のような衣装を着せられたバンユウが、不満そうな顔をして睨みを利かせてきた。
「なかなか似合ってるよ、バンユウ」
「あぁ。オマエのお陰でいい記念になりそうだ、な!」
皮肉めいた口調でバンユウは吐き捨て、ラシーンの首もとに自らの腕を巻き付けて、軽く締め上げた。痛い痛いとラシーンが苦笑いする。
狼男のバンユウがゾンビのラシーンを締め上げてる絵面は、面白がったパーシルによってしっかりと写真に収められており、堅物で知れていたバンユウの意外な一面として近隣の住民に知れ渡った。そのため後日バンユウは、あまりの恥ずかしさにしばらく商店街を迂闊に歩けなかったらしい。
「ハーイ、じゃ、撮りますよ~!」
カメラのシャッター音と共に、フラッシュの光が一瞬だけ、部屋の中にはじける。
デジカメの画像モニターで、撮った写真を確認するため、生徒たちが群がった。
スマホで撮影をするものもおり、その場で写真を交換したりしている。
「バンユウ先生にも写真送るから、SNSのグループ登録してくださいね~」
生徒たちに言われ、バンユウは渋々スマホを取り出した。それを横で見ていたラシーンが、面白そうに笑っていた。
こんな賑やかな夜は久し振りだ。バンユウはひとりごちる。
「――まぁ、たまにはこんな夜も悪くないな」
しばらく感じていなかった、温かい心地よさをしみじみと感じながら、バンユウはグラスを傾けた。
《了》
著者:狩生